思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
藤田淑子さんは文藝春秋の編集者です。『ガセネッタとシモネッタ』以来、米原万里の担当者として多くの作品を本にしてくれました。 2016.12.3

◆藤田淑子
米原万里さんの忘れられない言葉 その1
「団体割引はないの?」


  その年末の夜は会社主催のパーティで、私は受付係としてホテルの宴会場の入り口にあるカウンターの中にいた。
  見覚えのある女性が近づいてくる。「ああ、米原万里さんだ」と思った。「親族なんですけれど」と米原さんは言った。その日は菊池寛賞の授賞式で、受賞者の一人が井上ひさしさんだった。井上さんの奥さま、ユリさんは米原さんの妹である。だから、親族なのだ。
「どうぞ、お入りください。一応、お名刺を頂戴できますか?」
  こうして、米原さんの名刺をいただいた。
  翌年の一月、意を決して、その名刺の番号に電話をかけた。米原さんは深いアルトの声で「馬込の自宅にいらしてください」と言ってくれた。
  当日、反対方向の電車に乗ってしまい、ようやく探し当てた馬込の米原家に着いたのは、約束した時間の四十分後。私はあせっていたが、米原さんは「ちょっと待ってて。今、それどころじゃないの」と、庭に出て行ってしまった。リビングにはお母さまがいらした。「万里ちゃん、映画に行きましょう」と繰り返していらっしゃる。初対面の私は、どう答えていいものやら途方に暮れた。
  そのうち、犬の激しく吠える声がして、米原さんが戻ってきた。「今日はうちの犬や猫の予防注射の日だったの。たくさんいるから、獣医さんに往診してもらって、やっと全部すませたところ」と状況を説明してくれる。そして、まだ庭にいらっしゃるらしい医師に、
「先生、これだけいるんだから、注射の団体割引はないの?」。
  びっくりしてしまった。注射の団体割引なんて、聞いたこともない。一体、何匹いるんだろう。それは、のちに『ヒトのオスは飼わないの?』を文庫化したときに判明した。
  このとき米原家にいたのは、犬2頭に猫5匹。米原さんはこの全てを引き連れて、年末、鎌倉の新居に引っ越されたのだった。
  団体割引は、たしか交渉成立したような気がする。「総額一万円でいいですよ」という先生の声が聞こえたから。

引っ越し後の2001年正月に万里が出した年賀状

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