思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
2004年5月26日、金平さんと万里は緊急電話対談を行った。イラク戦争の最中、現地で人質となった日本人三人が国内で厳しいバッシングにさらされるという異様な状況を受けてのことだ。当時金平さんはTBSワシントン支局長。太平洋を挟んだ二人の対談は長時間に及んだ。(TBSメディア総合研究所「新・調査情報」2004年7・8月号掲載、集英社新書『テレビニュースは終わらない』収録)今回その対談を数回に分けて再録します。
2018.3.19

◆金平茂紀×米原万里
イラク邦人人質事件で露呈したもの(1)

外務省「自己責任論」の正体


金平    イラクで起きた日本人の誘拐人質事件ですが、ワシントンとは時差があって、リアルタイムな情報が伝わってこなかった。逆に離れていたからこそ、非常に奇異な展開をしているなという印象を受けましたね。
米原    日本の報道を見ていても、奇異だと思うくらいでしたよ。
金平    途中から「自己責任論」という言葉がキーワードのように跋扈し出して、これはいったい何だろう?と。きっかけは四月一二日(二〇〇四年)に外務省の竹内行夫外務事務次官が、公の場で「自己責任」という言葉を使った、このことが大きな意味を持ったと思いますね。メディアのあり方を考えるうえから、これは問題ありだな、と。
米原    それ以前にすでにインターネットでは「自己責任」という言葉が飛び交ってたらしいですね。その状況を外務省側はたぶん観察していて、「これでいける」と考えて発言したと思うわね。普通まともな民主主義国家だったらば、そんなこと言った政府は倒れるぐらいの問題なんだけど……。
金平    「自己責任」という言葉自体が増殖して、それに同調したメディア、あるいは学者とかテレビのコメンテーターに感染していった。さらに、いまおっしゃった、かなりのインターネット発信者が、いわば「自己責任」という言葉をキーワードにして、自業自得とか自作自演とか言った。要するに竹内という人が「自己責任」と言った意味というのは、これは限りなく「自業自得」という言葉に近かった。メディアの仕事をしていてわかるんですけど、本来、「自己責任」という言葉は、こういう文脈で使われたことは、何年か前まであまりなかったような気がするんですね。
米原    いや、私は、この事件が起きて、「自己責任」について調べてみたら、一九九七、八年ぐらいから、つまり規制緩和と一緒に「自己責任論」というのが盛んに言われるようになっていたことに気がつきましたね。国が企業支援に税金を回し、国民の福祉を切り捨て、国民健康保険の個人負担を多くして、その見返りを少なくするというシステムをつくろうとしたとき、「自己責任」という言葉を盛んに使ったんですよ。
  企業は企業で、従業員の退職後の補償とか、病気になった時の補償とか、家族手当とかをカットしていった時に、「自己責任論」とか言ったわけですよ。あるいは企業が潰れていった時に、倒産した会社の社員たちが、これからは自己責任で生きていくみたいなことを言う。つまり企業や国家が自分の責任を放棄する時に、その言い逃れとして個々人に自己責任をおっかぶせるという形で出てきてるんですね。この頃すでに「自己責任」という言葉がかなり出てきてるんですよ。
金平    なるほど。その言葉のきっかけはおそらく、福祉国家であったはずの国家の責任逃れみたいなところの発想からきてるんだと思いますね。本来は「自己責任」というのはそういう言葉じゃなかったはずですけどね。さらにびっくりしたのは、退避勧告が出ているのにわざわざイラクに出かけて行ったのは、雪山登山と一緒だとか、そういう喩(たと)えが非常に説得力があるかのように流布したでしょう。雪山登山の遭難と、誘拐という犯罪行為の被害者になったことを同列に論じる感覚って言うんですかね。ただし、それがサウンドバイトとして非常にわかりやすい、使いやすい言葉として、特にテレビであっという間に広がった。これを見ていて、本当に僕は危険だなというふうに思ったんですね。
米原    「自己責任」という言葉を使ったのは、コメンテーターでも、まず外務省の元お役人とか、防衛庁の元お役人で、防衛大学の教授やってるとか、そういう人が多いんですよ。あるいは警察官僚だった人とか、弁護士だとしても元警察だった人とか、検事だった人とか。彼らをみていくと、もともと彼らは税金で食ってる、いまも税金で食っている。つまりそういう人ほどそういうこと言いたがるのね。外務省の高官も政治家も同じ。国に養われてる人に限って、そういうことを言いたがるの。それからコメンテーターのもうひとつの特徴は、政治記者上がりの評論家ね。これがほとんど日本政府の記者クラブに寄生して、情報のおこぼれもらって生きてる人たち。
  彼らには、自分の生命を賭して、危険なところに出かけて行って、戦争の真実、つまり攻撃される側の真実を伝えたり、空爆下の恐怖とか悲しみとか苦しみを伝えたくて、どうしても出かけて行く人の心情なんて永遠にわかんないんですよ。イラクの少年たちを救いたいとか、劣化ウラン弾が危険だけれども、現地に行って、どうしても自分の目で確かめて世界に伝えたいという心情は、生まれながらそういう気持ちを一度も持ち得ない人たちにとって、理解できないんだと思った。まして、常に税金を無駄遣いして、威張ってきた人たちには、自分からそういう危険なところに行って、真実を伝えようとする情熱とか崇高な気持ちは永遠に理解できないんだと思うの。
金平    そういう想像力の欠如っていうのは、いわば官尊民卑の立場にしかいなかった人たちだから、常に上から人を見下ろす態度っていうか、目線の角度が違うんですね。
米原    そう。戦争報道も自衛隊に従軍して知らせるだけで十分だと、たぶん思ってるんだと思うの。だからミサイルがテレビゲームみたいに落ちて命中した、ワーッというところで彼らにとって戦争は終わってるんですよ。
金平    僕はメディアの側にいるから、そういう人だけじゃないというふうに思いたいですが。
米原    でも、たぶんそうなんだと思う。だからあそこにわざわざ出かけて行く、退避勧告まで出ているのに出かけて行く気持ちは絶対に永遠に彼らにはわかんないと思う。高遠菜穂子さんが「イラク人を嫌いになれない」みたいなことを言った時、すごく立派だと思うのよ。あれで、すごくイラクの人たちがみんな彼女のファンになったと思うし、彼女を通して日本人のことを好きになったと思うのね。小泉総理にはそれがわかんないのね。ほとんど自制心を失って怒ってたでしょう。
金平    いや、あの時に小泉総理が「これだけの目にあって、多くの政府の人たちが自分たちの救出に寝食を忘れて努力してくれているのに、なおかつ、そういうことを言うんですかね」って言ったので、これ本音を言ったんだと思ってるんですよ。それがいまの外務省なんかのにすごくつながってる。
米原    私はね、政府の人たちが一生懸命やったと言うのはウソだと思う。一生懸命やるのは本業なのよ。彼らの最大の義務は邦人保護なんだから。安倍幹事長とか小泉総理は邦人保護っていうと、自衛隊海外派兵のために使う口実ぐらいにしか考えていないけれども、本来の政府の存在価値は邦人保護なのよ。国民の安全と命と財産を守るというのが最大の国家の存在価値だから、それを放棄したら、実は国家って存在価値がなくなるし、税金を徴収する権利も失うことになるのよ。
  ところが外務省の職員って、政府の高官とか政治家が来る時に一生懸命、骨身を削って、それこそ寝る間も惜しんで、あるいはポケットマネーまで出して一生懸命貢献するんだけれども、それについては何も言わないでしょ。本業の邦人保護をするってことは、余計な雑用ぐらいに思ってるのよ。だから今回ちょっとやったぐらいで、「これだけ一生懸命やってるのに」っていう話になる。本来、邦人保護は本業だから、そう言う必要は全くないんだと思うの。
(つづく)

プロフィール

金平 茂紀(かねひらしげのり)
1953年北海道生まれ。77年TBS入社、報道局社会部、91~94年モスクワ支局長、 94~2002年「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、02~05年ワシントン支局長。04年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。報道局長、アメリカ総局長などを歴任。16年退社、 顧問に。2010年より「報道特集」キャスター。2013年より早稲田大学客員教授。 著書に『ロシアより愛をこめて』『ホワイトハウスから徒歩5分』『テレビニュースは 終わらない』『沖縄ワジワジー通信』『抗うニュースキャスター』『白金猿』他多数。
 
『思い出話々』とは

米原万里のエッセイ「単数か複数か、それが問題だ」(「ガセネッタとシモネッタ」所収)に由来する。

ロシアからやってくる日本語使いがそろいもそろって「はなしばなし」という奇妙な日本語を口走る。(略)…この日本語もどきの版元が判明した。日本語学の第一人者として名高いモスクワ大学某教授。 「日本語の名詞にはヨーロッパ諸語によくある複数形はない。しかし一部の名詞にはインドネシア語などと同様、反復することによって複数であることを示すルールが適用される。たとえば、花々、山々、はなしばなし……」
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