思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
2004年5月26日、金平さんと万里は緊急電話対談を行った。イラク戦争の最中、現地で人質となった日本人三人が国内で厳しいバッシングにさらされるという異様な状況を受けてのことだ。当時金平さんはTBSワシントン支局長。太平洋を挟んだ二人の対談は長時間に及んだ。(TBSメディア総合研究所「新・調査情報」2004年7・8月号掲載、集英社新書『テレビニュースは終わらない』収録)今回その対談を数回に分けて再録します。
2018.6.5

◆金平茂紀×米原万里
イラク邦人人質事件で露呈したもの(4)

問題化するボディガード同行取材


金平    もうひとつ問題があって、誘拐被害に遭った人たちのなかに、フリーランスのジャーナリストがいたでしょう。郡山総一郎さんとその後の二人、安田純平さんと渡辺修孝さん。その人たちに対して一種のメインストリームのメディアから「フリーランスのやつらと俺様を一緒にするな」と。「彼らはやっぱり甘いよ。あんなのと自分たちを一緒にされると、自分たちの職域が侵される」みたいな、そういう空気っていうのを僕は非常に強く感じたんですよ。
米原    ただ、大メディアはみんなボディガード付けてもらって行くじゃないですか。それで政府から退避勧告が出ると、ホントにお行儀よく、聞き分けよく、自衛隊に守られて退避するじゃないですか、一斉に。あれは逆に自分の意思で活動できる人に対して、劣等感があるんじゃないかな?
金平    劣等感というよりも、メディアのなかでの、これは一種の階層意識って言うんですかね。たとえばフリーランスの人に対しての企業ジャーナリストから投げつけられる差別的な視線とか。それから企業メディアというのは、いまほとんど建前としては生命第一主義で、つまりれは会社としてのリスクを背負いたくないっていう、むしろ企業防衛的な要請からくる部分がかなりの部分を占めてるんです。
米原    すごい偽善的なのね。だって、それでフリーの人を雇って、危ないところに行かせるんだもんね。
金平    少なくとも、現場主義っていうのをフリーランスの人は放棄してなくて、企業メディアのほうは、どんどん現場主義を放棄してる。これはこのままでいくと、危険な、危ない場所の世界、あるいは極論すると、戦地報道っていうのは全部フリーランスが行き、企業はそこから一斉に引いていくと。行く時は絶対的な安全策、さっき言ったようにボディガードを付けた取材とか、あるいは従軍取材に限ると。
米原    ボディガードなんか付けてたら、取材されるほうはホントのことを言わないよね。
金平    ボディガード同行取材っていうのは、いま国際的にも問題になっていて、去年(二○○三年)一一月にハンガリーのブダペストで国際報道ジャーナリスト会議が開催され、この問題が討議されたんですよ。これは実は大変白熱した論議で、このこと自体がスリリングなんです。つまり生きるか死ぬかをめぐって、現場のジャーナリスト同士がやる話ですから。僕はその記録を読んで、ここまでフェアにやるのかと非常に感動したんです。
  その時はボディガードを付けてたCNNの記者連中が、ヨーロッパのメディアからつるし上げを食うんですよ。そんな汚いことして、自分だけ助かればいいと思ってるのか?とか、だいたい一社だけボディガード付けたら、マスメディアの全員、その現場にいるやつが危なくなるじゃないか、みたいなことを罵り合いながら言うんです。日本の自衛隊派遣や、取材メディアに関してのルールをつくるときに、そういう議論があったのかどうなのかと、僕は非常に好問ですね。
米原    でも、郡山さんと安田さんは帰ってきた時の会見で、「私は銃を持っていなかったので助かった」って言ってたけどね。
金平    そこが彼らのある意味で非常に健全なところで、いまの企業メディアのとっている方向つまり社員の血を流させないために、あらゆる安全策を講ずるのだという考えとは対照的です。いまのアメリカのCNNとかFOXとかABCは、ボディガードを付けた取材ですが、ボディガードっていうのはもちろん特殊部隊出身の人たちですから、武装してますよ。極論すると、襲われた時に反撃したら、そのジャーナリストっていうのはジャーナリストなのか、それとも戦闘員なのかという区別はつかないと思いますよ。そうすると、ジュネーブ条約なんかに謳われている、ジャーナリストっていうのは文民として戦地においては保護されなきゃいけない、なんていう規定というのはほとんど吹っ飛んでしまうということですね。
米原    そうだね。
金平    ところが、いまそういう危ない岐路にあるにもかかわらず、帰ってきたフリーランスの人たちを、「彼らは甘い」とか言って叩くという、そのジャーナリスト自身はいったい何をやってたんだろうかっていうふうに、僕なんか思うんですね。
米原    田丸美寿々さんが「婦人公論」(二〇〇四年六月七日号)誌上で鼎談(鼎談)しているNGO、これは国連のNGOとか、政府からカネもらってるNGOの女の人たちの発言だけど、これを読むと、ここにも階層意識がありますね。「あんな人たち、一人NGOと私たちを一緒にしないでよ」っていう、このエリート意識は、まぁ……。
金平    これがあらゆるところに蔓延していて、つまりメディアのなかにも、それからNGOのなかにも、これはホントに相似形という形で蔓延してる。いったいこの根拠は何なんだろうというふうに思うんですね。それに対する反動として、つまり一種のラウド・マイノリティというか、声高の、匿名の、インターネットで非常に声高に言うような人たちも自分たちはそういう高見には上れないから、いまのゆがんだ構造の反動として、人の中傷をやったり、おかしな中傷情報だけじゃなくて、主流メディアに対するアンチ・メインストリーム・メディアっていう大きな流れをつくってしまっている。非常に不健康な状態っていうのがいま日本に蔓延してるんだと思うんですね。
米原    あと、人間をヨコのつながりで捉えるんではなくて、そのようにタテの階層的に捉えるっていうんですか、上下関係で捉えていくっていう発想。その発想法にあると、必ず一番下の人を苛めるっていう形になるんですよ。これは特に軍隊がそうなんだけれども、軍隊的な発想法なのね、上のほうのNGOの人たちとか、メディアとかでも。丸山眞男が「抑圧委譲の原理」って言ってる。
金平    旧日本軍の「真空地帯」的原理ですね。
米原    「上」に認められることで自分の正当性がつくられて、責任から自分は解放されるわけ。「上」がいいって言うと、どんな残酷なこともできるわけ。ちょっと信じられないような残酷なことも、道徳的に反することも、どんなことでも「上」がいいって言うとできる。でも、いつも「上」に気を遣って、「上」の言うことを聞いてるからストレスが溜まって、そのストレスを「下」にぶつけていくから、一番弱い人に対しては大変残酷になるっていう構図ね。

「報じられないこと」は「なかったこと」

金平    メディアの問題として、この一連の騒ぎでやっぱり伝えなきゃいけない本質的なことが隠されたというんですかね。一連のイラク戦争のなかでも、やはりファルージャというファクターがすごく重要で、僕はおそらくこれからの歴史を語るうえで大きな汚点になると思います
米原    そうなんですよ。そういう意味では、ソンミの虐殺よりひどいと思う、あれは。
金平    いわば無差別にやったわけで、いま死者七百何人とか言われています。
米原    だってモスクを爆撃して、病院を爆撃して、救急車を攻撃したわけですからね。
金平    実はいま、アブグレイブ刑務所というところで、イラク人に対するアメリカ兵の虐待っていうのが、アメリカで連日スキャンダルとして大きく報じられてるんですけど、それが一種戦争の本質を表しているということがあるんです。実は虐待事件が報じられた時に、ナジャフなどイラクの古い都市で、アメリカ軍は大々的な侵攻作戦をやっているんですよ。これが、虐待事件によって報じられなくなって、影が薄くなったんです。
米原    あっ、そう!
金平    では、戦争の何を報じるのかという、すごく本質的な話になるんですが。テレジェニックなこととか、人の関心を引く、人の劣情を刺激するような――弱い人を苛めたり、あるいは性的なことに関することとか、刺激の絶対値の強いものに、テレビに限らず、いま新聞でもすぐ飛びつきますからね。本来戦争でいま何が起きているかっていうことに関しての情報が、二次的、三次的、四次的になってしまう、そういう危険を、ものすごく、いまここワシントンにいて感じていますね。
米原    なるほどね。意図的にやってるのかな? 結果的にそうなってるのかな?
金平    これはむしろ意図的というよりも、たとえばアブグレイブ刑務所のイラク人虐待のスキャンダルなんかの場合は、出るわ出るわ、で、ほとんど制御不可能になってますよ。それによって、マスコミの関心が一気にそっちに行くと、ナジャフでの大々的な侵攻作戦が結局報じられないままになったんです。「報じられない」ということは、「なかったこと」になってしまう。
米原    そうなのね。日本だって人質事件の直接のきっかけになったのは、ファルージャのはずなのに、ファルージャの攻撃のことはホントに知られていない。
金平    それと自衛隊派遣に異論を唱えた家族っていうのは、変な人たちだっていうふうな烙印(らくいん)を押されたので、自衛隊の派遣自体に対しての本質的な議論というのは、もうこれで終わったんだという話になっていますよ。それはおそらくひとつバーを越えられて、次はたぶん、憲法論議のほうに行くんだというふうに僕は思っていますけどね。

(二〇〇四年五月二六日、鎌倉・ワシントン間の電話対談から)
プロフィール

金平 茂紀(かねひらしげのり)
1953年北海道生まれ。77年TBS入社、報道局社会部、91~94年モスクワ支局長、 94~2002年「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、02~05年ワシントン支局長。04年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。報道局長、アメリカ総局長などを歴任。16年退社、 顧問に。2010年より「報道特集」キャスター。2013年より早稲田大学客員教授。 著書に『ロシアより愛をこめて』『ホワイトハウスから徒歩5分』『テレビニュースは 終わらない』『沖縄ワジワジー通信』『抗うニュースキャスター』『白金猿』他多数。
 
『思い出話々』とは

米原万里のエッセイ「単数か複数か、それが問題だ」(「ガセネッタとシモネッタ」所収)に由来する。

ロシアからやってくる日本語使いがそろいもそろって「はなしばなし」という奇妙な日本語を口走る。(略)…この日本語もどきの版元が判明した。日本語学の第一人者として名高いモスクワ大学某教授。 「日本語の名詞にはヨーロッパ諸語によくある複数形はない。しかし一部の名詞にはインドネシア語などと同様、反復することによって複数であることを示すルールが適用される。たとえば、花々、山々、はなしばなし……」
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「万里さんとの青春の日々」


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「まりちゃんの思い出」


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