思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
2016.9.1

◆清川桂美
忘れられない3つの高校講演会
《犬》の四国講演会(2)


  じつはこの時、万里さんは愛すべき《毛深い》家族、グレート・ピレニーズの「クレ」を4カ月前に亡くしたばかりでした。クレはちょっと垂れ目の大きなまん丸な目をした、本当に愛くるしい顔をしていました。

愛犬クレ

  グレート・ピレニーズは生来、飼い主や家族に忠実で、子供たちにも寛容ですが、その名の通り、ピレネー山脈の麓で羊など家畜を守る番犬として育てられたので、知らない人や他の犬に対しては警戒心が強いタイプの犬種です。
  クレは性格も穏やかでしたが、彼女の唯一とも言える欠点が吠え癖でした。と言っても、私が犬好きなのはクレちゃんにもわかったのでしょうか、鎌倉のお宅に伺って吠えられたことは一度もありません。むくむくした大きな体で、いつも尻尾を振り振り、真っ白い長い毛をふっさふっさ揺らしながら、真っ先に玄関で出迎えてくれ、ぺろぺろべちゃべちゃと手をなめてくれました。
  万里さんはクレの吠え癖を直そうと、躾けてもらうように愛犬学校に預けたのですが、その間にクレは発病し、1カ月後にはこの世を去りました。この時の万里さんの落ち込みようは大変なものでした。預けたことや育て方を知らなかったと後悔し、しばらく仕事も手につかず、ずっと泣き続けていたそうです。
  愛媛県に日本一のブリーダーがいる、そのすぐ近くまで行く。これは千載一遇のチャンスです! 寄り道して犬舎を見学??――当時はさっぱり気づきませんでしたが、万里さんは周到に準備して、クレと同じ犬種の新しい家族を探しに行ったのではないでしょうか。

  結局、新聞社の方々との打合せは約束を1時間遅らせてもらい、早々に済ませた会食のあとはホテルの部屋にこもって、締め切りに迫られている原稿を仕上げたり、ホテルにファックスで送られてくる校正に赤字を入れて戻したりと、夜遅くまで仕事漬けでした。
  今思えば、当時はまだメールがあまり普及していなかったのですね。万里さんはノートパソコンを持参していましたが、私は部屋とファックスのあるフロントの間を何度も行き来した記憶があります。合間には、一晩中休むことなく蒸気の昇る、工場の何本もの煙突を眺めていました。街中のあちこちに製紙工場があって、外気は糊のようなちょっとツンとするにおいがして、ここで作られる用紙で本や雑誌、マンガができるんだ! とひたすら感謝したものです。
(つづく)

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