思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
2016.4.29

◆陸田英子
米原流いい男の見分け方(2)


  ある時、「忙しいのよ」とおっしゃる米原さんに思わず、
「米原さんは、どの原稿もゲラで書き直すから、実は、毎月締め切り本数の倍、書いているんです。それでは忙しいに決まってます」
  と言ってしまったことがあります。が、米原さんはそれくらいでは動じません。
「あら、そうね」
  の一言でした。
  さて、冒頭の諺は、マリが同級生のリッツァのことを思い出すきっかけになる諺でした。リッツァはマリに、
「男の善し悪しの見極め方、教えたげる。歯よ、歯。色、艶、並び具合いで見分けりゃ間違い無いってこと」(『噓つきアーニャの真っ赤な真実』)
  と言っていたのです。ちなみにこの時、二人は小学四年生!!
  米原さんは、実によく子ども時代のことを覚えていました。 『噓つきアーニャの真っ赤な真実』男の子編の相談をしていた時に、
「プラハ時代のことはとても印象に残っているので、先生との会話も再現できる」
  とおっしゃっていて、昨日のことも忘れがちな私はその記憶力に驚かされました。

  亡くなられる半年前に、鎌倉のご自宅にうかがいました。
  ふんわりとお化粧をして、スレンダーになった身体に素敵なニットをまとった米原さんは、柔らかい微笑みで迎えてくださいました。いつもと同じように紅茶を飲みながら熱く語り合ったのは、
「男は尻! 尻が良くなくっちゃダメ!」
  という話題でありました。言いだしっぺで一番盛り上がっていたのは、はい、米原さんです。
  最初にいただいた原稿で「歯」。最後にお目にかかった時に「尻」。米原さんはさりげなく(?)「いい男の見極め方」を伝えてくださっていました。あの時それに気づいていれば、「いい男の捕まえ方」も聞いたのになぁ。
(了)

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プロフィール

陸田英子(くがたあやこ)
『角川日本地名大辞典』編纂室で編集者としてのスタートを切る。その後、角川書店で主にノンフィクションと人文系書籍を編集。当時の思い出の一冊は、子ども病院の子どもたちの詩画集『電池が切れるまで』。現在は、KADOKAWAの文芸・ノンフィクション局で、角川新書、角川選書、角川ソフィア文庫、翻訳書やノンフィクション、学芸系書籍の編集部の部長。
 
『思い出話々』とは

米原万里のエッセイ「単数か複数か、それが問題だ」(「ガセネッタとシモネッタ」所収)に由来する。

ロシアからやってくる日本語使いがそろいもそろって「はなしばなし」という奇妙な日本語を口走る。(略)…この日本語もどきの版元が判明した。日本語学の第一人者として名高いモスクワ大学某教授。 「日本語の名詞にはヨーロッパ諸語によくある複数形はない。しかし一部の名詞にはインドネシア語などと同様、反復することによって複数であることを示すルールが適用される。たとえば、花々、山々、はなしばなし……」
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