思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
集英社の清川桂美さんは、新書『必笑小咄のテクニック』『米原万里の「愛の法則」』の担当編集者です。(財)一ツ橋文芸教育振興会主催の「高校生のための文化講演会」に万里がよばれた際にも同行。その時の思い出話を数回にわたって掲載します。 2016.11.1

◆清川桂美
忘れられない3つの高校講演会


「板長呼んでっ!」

  もうひとつ、東北地方の高校教育委員会から招聘されて岩手県・宮城県・山形県の教諭・PTAの大人を対象に、講堂ではなく高校の教室で小規模な講演会がありました。
  講演のテーマは「国際化とグローバリゼーションのあいだ」を教育者向けに、外国語教育における英語偏重の危うさと、語学ではなく背景にある異文化を受け入れ理解するべきだという内容で、万里さんのプラハでの体験も多く語られました。親密な雰囲気で講演後の質疑応答も活発で大成功でした。

  この講演で忘れがたいのは行く先々の食事の「おいしくなさ」です。まずいとは申しません。でも、ちっともおいしくないのです。   宿は「米原先生がみえるのだから」とご配慮いただき、温泉場にある立派で豪華なホテルでした。車でしばらく坂を進むとやっと入り口があり、和服姿の女性が20人ほどずらりと並んで「いらっしゃいませ~」とお出迎え。館内フロントにはかなり大きな池があり鯉がうようよ、太鼓橋がかかっています。右手には茶室があり、某国大統領来日の折、一服お茶を喫しまれた写真も飾られています。
  ちょうど季節は味覚の秋、収穫したての新米に私もひそかに期待していました。ところが白米は出ませんでした。お料理はと言えば……、気仙沼の新鮮な魚介のお刺身が供されると思いきや、懐石もどきの《ちまちま》で、きれいに盛り付けて種類も多いのですが、いずれも一口、いえ半口で食べ終わってしまいました。煮物も焼き物も一口大、すべてが《口取り》で終わったような感じでした。しかも温かい料理がひとつもない! ご飯まで一口大の茶飯のおにぎりと、炊き込みご飯を高菜の葉でくるんだ一口大のおにぎり。味はいずれも塩辛いか、味がほとんどないか。酒飲みの板さんは味が濃くなると聞いたことがありますが、万里さんは「板前さん、病気なんじゃぁない?」
  仲居さんが部屋までお料理を運んでくれるのですが、なんせ一口大なので、パクリでお終い。「私も速いけど、あなたも食べるの速いわね」と万里さんに笑われながら、次が来るまで二人のお皿は空っぽでした。どうにも食べた気がしなくて「ラーメンでも食べに行こっか」となったのですが、車であの坂をまた延々と思うと気が失せました。
  翌朝、「さすがに炊きたてのご飯でしょう」という期待は見事に破られ、なんと味噌煮込みうどんでした! 「朝から味噌煮込みうどん~!?」 私も思わず大声を上げてしまいました。東北のおいしい米どころに来て、白米にありつけず。これに温泉玉子ではなくハムエッグ。あまりのハチャメチャに万里さんは思わず「板長呼んでっ!」
  やっと現れた板長はまだ若く、「新メニューになったばかりなんですが、わりと評判いいんですよ」と。どこがぁ~~!?

  もうこうなると収まりません。帰るばかりでしたが、口直しをせずして新幹線には乗れません! 仙台をしばしば訪れてらっしゃる井上ひさしさんにわざわざ電話して、おいしいお店をお尋ねし、市内ホテルの中華料理店で早めの昼食をとりました。私はいずれもおいしくいただきましたが、すっかり《減点法モード》の万里さんは「油っぽい」「炒め過ぎ」と厳しいチェックが入り、満足には到りませんでした。   仙台駅構内でご家族のお土産に焼きウニをいくつか求めて、「お口直しにね」と、私にもひとつくださいました。あわびの貝殻に三陸のウニをたっぷり盛って焼いた、このシンプルな焼きウニが、結局のところ、一番、しかもとびきりおいしかった東北の味でした。
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