その5 ペリメニ
 

 ここで万里が紹介しているのは、ソビエト学校に通っていたプラハ時代、ゴーゴリ原作の『ディカーニカ近郷夜話』という映画を学校で見た日の出来事。この文豪初期の短編集は民話を元にしていて、悪魔や魔法使いがよく出てくる、子どもも楽しめる作品だ。男女のきわどいやりとりも出てくるから日本の学校では無理だろうけど。
 万里のエッセイを読み返していて、ふと頭の中を疑問がよぎった。ウクライナで戦争が始まったことで多くの人が知るようになったけど、ロシアの大文豪、ゴーゴリはウクライナ人で、このディカーニカもウクライナの地名である。となると、魔法使いの婆さんの口に飛び込んでいっているのは「ペリメニ」なのだろうか? もしかしたらウクライナの名物料理、「ヴァレンニキ」ではないのか? あわてて万里の蔵書をさがしたが、ゴーゴリのこの作品はない。岩波文庫の翻訳書を取り寄せてみた。やはり「ヴァレンニキ」だ。
 「ヴァレンニキ」と「ペリメニ」はとてもよく似ている。小麦粉をこねて作った生地に具を詰めて茹でるところはまるで同じだ。「ペリメニ」は「シベリア風水餃子」と万里も書いているし、ロシア料理店のメニューでもそのように説明されていることが多い。具は挽肉(羊、牛、豚など)とタマネギで餃子に近い。中国の北方やモンゴルからシベリア、さらにロシア全域に伝わったとされている。「ヴァレンニキ」の由来について、詳しいことはわからないが、やはりアジアから伝わったようだ。こちらの具はさまざま。肉のこともあるが、キャベツやジャガイモ、キノコなどの野菜を使ったものが多く、果物を入れた、甘い味付けのデザートもある。「ペリメニ」が生の材料を詰めるのに対して、「ヴァレンニキ」は調理したものを入れることが多いかも。

 ではゴーゴリはどう書いているのか? この場面は『降誕祭の前夜』という短編に収められている。つまりクリスマスイヴの話。ご存じのように。イヴは精進の日で肉は食べない決まりだ。この場面では魔法使いの食事を眺めている主人公の口にもヴァレンニキがひとつ飛び込んでくる。そこで、「精進の日なのに肉が入っているとは!」と彼はあきれる。やはり具は肉なのか?
 友人がディカーニカに出てくる料理を再現しているロシアのサイトを教えてくれた。ゴーゴリを読み込んでいるこのサイトの著者によると、具に入っているのは豚の脂身、タマネギ、そしてジャガイモだ。
 この再現ヴァレンニキを紹介するか、万里の書いた「ペリメニ」で行くか少し迷ったが、『米原食堂』なのだから、映画を見たとき以来ペリメニと思い込んでいた万里に合わせることにした。わたしたちは餃子が大好きで、餃子もペリメニもよく一緒に作ったことだし。
 ところでお話を読み直したところ、魔法使いは婆さんではなく爺さんだった。友人は、件の映画の動画も送ってくれた。楽しいからご覧あれ。

(制作1961年)36分25秒くらいから該当のシーン

〈材料〉50~60個分

皮 強力粉200g、薄力粉100g、卵1個、水 約100cc、塩 小さじ1/2
具 合挽き肉200~250g、タマネギ1/2個、ニンニク1片、塩、胡椒

打ち粉(強力粉)

〈作り方〉

(1)大きめのボールに小麦粉、卵、塩、水を入れて混ぜる。
水は少なめに入れて、かたさを見ながら調整していく。湿度、卵の大きさなどで水の入る量は違ってくる。
まとまったら、打ち粉をした台にうつして捏ねる。

滑らかになるまでよく捏ねたら、

ラップをかぶせて30分ほど寝かせる。

(2)具を作る。
タマネギとニンニクをみじん切りにする。
肉と野菜をボールに入れ、

塩、胡椒をしたら肉に粘りが出るまでよく混ぜる。

(3)皮を伸ばす。
万里のやり方、というかロシア人のやり方。
麵棒を使って生地を2ミリぐらいの厚みになるまで大きく伸ばす。お茶筒の蓋やグラスを使って丸くくり抜いていく。

わたしのやり方は中国料理の餃子式。
 片手で握れるぐらいの量の生地を取り、台の上で転がしながら2センチほどの棒状にする。これを1~2センチの幅に切る。

切り口を上にして、手のひらで押して、

小さな麺棒で丸く伸ばす。
片手で麺棒を生地の真ん中まで押して、もう片方の手で生地を少しずつ回していく。

ちなみに小さな麺棒は、ホームセンターなどで直径2センチの棒を買ってきて、適当に切って使っている。

写真下の両端が細くなっているのは中国土産にいただいた餃子用麺棒。

(4)生地の真ん中に具をのせる。

半分に折り、縁をしっかり閉じる。横にして、両端をくっつける。

(5)ゆでるまでの間、ペリメニ同士がくっつかないように、打ち粉をした台やお盆などに並べて置く。
(6)鍋にお湯をたっぷり沸かし、ペリメニをいれる。
浮き上がってきてから三分ほど、具に火が通るまで茹でる。
(7)お湯を切って器に盛る。
プラハのソビエト学校の食堂や、夏のキャンプではいつも溶かしバターとお酢をつけて食べていた。

映画のようにサワークリームをつけても美味しい。