思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
KADOKAWAの陸田(くがた)英子さん。代表作となった『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の担当編集者です。
2016.4.29

◆陸田英子
米原流いい男の見分け方(1)


「ただでもらった馬の歯を見るものではない」
  米原万里さんの連載「同級生に会いたくて」(KADOKAWA「本の旅人」1999年11月号-2001年4月号)は、こんなヨーロッパの諺ではじまります。のちに『噓つきアーニャの真っ赤な真実』として刊行され、第33回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する作品の、待ちに待ったスタートでした。



「プラハ時代について書いていただけませんか」
  月に数十本の締め切りを抱える米原さんに原稿の依頼に行ってから連載開始まで、テーマは何度も変わりかけました。
「世界の悪女について書くのはどう? 最終回には私が登場することになります。悪女を書いている私が一番の悪女ってことね」
  米原さんが書く悪女論、面白くない訳がありません。さっそく歴史上の人物を調べたり、ドラマの悪女の感想を伝えたりしますが、それでも、プラハ時代を書いていただきたいという思いは消えません。少女の米原さんがプラハで何を経験し、何を考えたのか、そこで何があったのか、異文化の中で少女時代を過ごすとはどういうことなのか……編集者としてはもとより、米原ファンの一人としても関心があったのです。
「やっぱりプラハを書くわ」
  待ってました!と叫びたくなるようなうれしいご連絡をいただいたのは、連載開始の2ヶ月前だったと思います。
  こうして念願の連載はスタート。が、ほっとしたのも束の間、月一回の締め切りはすぐにやってきます。多忙な米原さんに、数回分の原稿を書きためておく余裕はありませんでした。かくして18回の連載中はほぼ毎月、米原さんの原稿が「本の旅人」編集部に最後に届く原稿となりました。
  原稿はゲラという印刷物にして、執筆者に内容を確認していただくのですが、「同級生」のゲラがでる日=印刷所との作業を終える日、という状態。それなのに、それなのに、米原さんからもどってくるゲラは、大概、真っ赤に(いえ、ファックスですので、正確にはまっ黒に)加筆修正されているのです。それは、もはや「書き直し」と呼ぶべきものでした。

    
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