思い出話々

このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
中尾博行さんは東京外語大時代からの、生涯にわたる万里の友人。いつも美味しい和菓子を携えて家に遊びに来てくださっていた。ミラノに赴任中は母も私も大変お世話になった。(井上ユリ)
2019.7.1

◆中尾博行
米原万里さんの思い出(2)


  彼女の語録の中で、正確には覚えてませんが「私の毒舌に耐えられた人のみが友人として残るのよ」というのがあります。私は恋人にはなれませんでしたが、親しき友人の一人だと自認していたのですが、彼女が数々のエッセイで丁度売れっ子となった頃のことです。自分では執筆で多忙な日々を過ごしているだろうとは慮って、電話するのも控え目にしていたのですが、それでも声が聞きたくて電話しましたが、「私、今とても忙しいの」とぶっきらぼうに応対されたことが幾度か重なって「後で電話してみて」でもなく、「後から電話する」でもなく、一方的に切られたことが度々かありました。締め切りに迫られて切羽詰まった状態に運悪く遭遇していたのではないかと今にして思うのですが、親しいと自認している友人への対応ではないなと淋しく思い、直接毒舌に当てられたわけではなかったのですが、ナイーブ(・・・・)な私は、それからは連絡することは一切しませんでした。
  或る時、月刊文芸春秋のエッセイに大学時代の同級生I君への厳しい評価を寄稿していました。彼は演劇界ではその頃には劇作家として名高い評価を得ていたのですが、万里さんのところにチェーホフの戯曲集を翻訳しているとの話しがあったそうです。いろいろと手を貸して協力していたらしいのですが、或る時、訳出のところで基本的な文法のところで問い合わせがあったそうです。大学時代にロシア語を勉強していたとは思われぬ初歩的な質問に驚き、彼の大胆不敵な試みを取り止めるように直言したそうです。私も万里さんに誘われて彼の芝居を見に行ったことがあります。彼のことを高く買っていたので、そこが友人と言えども、自分が思うところと異なれば、直言を辞さないところは、忖度を意に介さないとても万里さんらしいと思いました。
  著名な生物分子学者福岡伸一博士が、どこかのエッセイに書いてました。万里さんが、Y新聞の書評委員を務めていた時のことです。ブッシュ「子」大統領が、欧米有志連合を引き連れてイラク戦争を仕掛けたことを、万里さんが「なぜブッシュが、いかさまな(・・・・・)理由をでっち上げてまでイラク戦争を・・・・」と断じた文章を穏やかな表現へ書き換えて欲しいとY新聞の上層部から求められた時も決して筆を折らなかったという彼女の気概のことを書いてました。
  「書くこと」は、自分に正直にそして自由でいられるからこそ、彼女にとって、もっとも相応しい仕事だったと思います。エッセイスト・作家米原万里は、なるべくしてなったと言えましょう。作家でなければ、弁護士、それも人権派弁護士もあったかなとも考えたりします。
  話しは少し横道に逸れてしまいましたが、絶交状態になっても、次々と上梓する万里さんの著作は発売と同時にほとんど購読しておりました。そんな折、広島へ旅行する機会があり、何気なく家内と一緒に広島平和記念資料館に足を踏み入れました。見学かたがた原爆の恐ろしさを五〇歳を過ぎるまでまともに知ることなしに無為に過ごしてきた日々のことを深く反省していました。特に手書きの絵で残されている被爆図が、写真以上のリアリティで胸に迫ってきました。とても重たい気持ちで資料館の出口近くに来た時に、米原万里さんに出会ったのです。大きなパネル写真の中に、確かゴルバチョフ夫妻を伴って同時通訳者の米原万里さんが、資料館を訪問していたのです。「米原万里、活躍しているな」。とても身近に思えたものです。その出会いのことで、万里さんに電話を入れようとしましたが、その時も思いとどまりました。
  その広島体験から数年後のある日、彼女から一通の招待状が私の元に届けられました。第三十三回大宅壮一ノンフィクション賞受賞式への招待状です。「嘘つきアーニアの真っ赤な真実」での受賞でした。喜び勇んで会場の帝国ホテルに駆けつけた自分がいました。


(つづく)

    
プロフィール

中尾博行(なかおひろゆき)
1950年北海道生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒。東京銀行、東京三菱銀行に30年勤務。その後、半導体・電子部品商社の役員を経て現在は医療法人の財務責任者を務めている。銀行員時代は二度に渡りイタリアに計10年駐在した。
 
『思い出話々』とは

米原万里のエッセイ「単数か複数か、それが問題だ」(「ガセネッタとシモネッタ」所収)に由来する。

ロシアからやってくる日本語使いがそろいもそろって「はなしばなし」という奇妙な日本語を口走る。(略)…この日本語もどきの版元が判明した。日本語学の第一人者として名高いモスクワ大学某教授。 「日本語の名詞にはヨーロッパ諸語によくある複数形はない。しかし一部の名詞にはインドネシア語などと同様、反復することによって複数であることを示すルールが適用される。たとえば、花々、山々、はなしばなし……」
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