このページでは、米原万里ゆかりの方が思い出を披露してくださいます。
2018.4.19 ◆金平茂紀×米原万里 イラク邦人人質事件で露呈したもの(2) アメリカから送られてきた航空運賃 金平 アメリカは移民の国だから、自国民保護の原則っていうのは非常にきっちりしている。いろんな人種が混ざり合っていて、自分の命を守ってくれることを最優先にしない政府っていうのは、すぐに見切りをつけられるっていう構造になっているんですね。アメリカからみていると、それがよくわかりました。 米原 そうですよね。だから税金を納めることと自国民保護は、 〈ギブ・アンド・テイク〉なのよ。 金平 国民保護は普通のことで、国家と個人というのは一種の契約関係ということが近代国家の基礎ですから、アメリカの人たちからみても、日本の政府の、特に航空運賃を請求するとかいうのは、笑い話にしか聞こえないということがあるんですよ。 米原 実際、アメリカの市民がお金を日本大使館に送りつけてきたじゃないですか。それをまた、みっともなく突っ返したけど。 金平 羽田―ドバイ間の航空運賃が三人で約一九八万円。これを実際に請求しちゃったでしょう。この話はちょっとアメリカだと考えにくいですよ。アメリカどころか、欧米では非常に考えにくいケースですね。アメリカの実例を言いますと、たとえばこのあいだ、トーマス・ハミルという人がミシシッピー州からお金に困って危険な仕事を承知で、あえて出稼ぎに行ったわけです。この人は「ハリバートン」という、大軍需産業の子会社の「ケロッグ・ブラウン&ルート」という会社の運転手だったわけですね。その人が自力で脱出してきた時の費用というのは、もちろん会社が全額負担したんですよ。 米原 いや、ロシアのエネルギー産業の人たちが人質になった時も、全部会社持ちでしたよ。 金平 それは当たり前で、それを本人に負担させようという発想は、非常にヒステリックな反応で、これが政府、あるいは与党から出るでしょう。国外にいると、これは非常に日本の異質なところだというふうに言われる。 米原 人質になるってことは本人の意思によって成り立つことじゃないからね。救出費用を出せって言い出したのは、公明党の冬柴幹事長なんだけれども。ただはっきり言うと救出してないのよ、政府は。彼らが帰ってきたのちのインタビューを、私、直(じか)に聞きに行ったんだけれども、彼らは三日目かに犯行グループに自分たちの事情を話して、つまり自衛隊の派兵には反対だし、自分たちはイラクの人たちを直接助けるために、こういう具体的なことをしにイラクに来たんだということを話して、結局客人として扱われる。それで命は保証するって言われているから、彼らは自力で助かったのよ。自分たちのいままでの活動ゆえに。政府が助けたんじゃないわけ。それで引き渡すのはイスラム聖職者協会が仲立ちになったから、引き渡されたと。 助かるのも引き渡されるのも、全部日本政府の関係ないところで動いたのよ。だから救出費用を請求しようと言ったって、救出してないんだから費用請求するのがおかしいのよ。たぶん救出してないから、費用請求するっていう話が出たんだと思う。それを覆い隠すために。救出費用を請求すると、いかにも救出したというふうにみえるでしょう。 金平 だから、そういう自己責任とか、損害賠償みたいな発想が出てくるんですね。実は、外務省の役人でわりと本音を言う人がいるので、「外交官やってると、これ(救出費用請求)は非常識だと他の国の外交官から言われるんじゃないんですか?」って聞いたら、「パーティの席なんかで、よく揶揄される」って言うんですよ。 米原 ああ、そうだろうね。 金平 外交官同士でからかわれたりするんですって。その人に「何でそういうふうなことが外務省のトップから出てしまうんですか?」と聞きましたら、やっぱりトラウマがあって、ひとつは二年前(二〇〇二年)の九月一七日の拉致問題で、日朝トップ会談があったでしょ。あのあとに外務省の無策というのが叩かれて、外務省は何をやってたんだ、みたいなことが非常に蔓延して、それ以降、つまり叩かれる対象には自分たちが絶対になりたくない、っていう防衛本能が外務省のトップから下まで沈み込んじゃったんですって。あんなふうになったらお終いだぜ、ということで、一種の防衛策、つまり非難の矛先をまずつくってしまおうという考えがあったんじゃないか、という見方をしてましたね。 米原 私は別な、やはり若手の、まだぺいぺいの外務官僚が友だちにいて、「なぜ、日本は人保護っていうと鈍感になるのか?」っていう質問をしたんですよ。彼も外国の外務省の役人とよく交流があるもんだから、自分も自覚はしているわけね。彼は、それは日本の役人が特に薄情で、外国の外交官が特にこころが温かいからではないんだと。それは邦人保護をして、つまり民間人を保護しても、ほとんど出世できないんだって。 金平 (笑) 米原 政治家や高官が来た時に手厚くもてなすと、出世にすぐ直結する。でも、別に地位も何もない民間人のために一生懸命尽くしても、いっさい出世には響かない。ところがアメリカであれ、フランスであれ、民間の人を助けた大使とか外交官というのは、本省で評価されて出世できる。つまりアメリカ、ヨーロッパの外交官は自国民保護の機会があると、もう一生懸命やるんだって、出世の機会だから。 金平 なるほど。それはアメリカで見ていて、手にとるようにわかりますね。 米原 うん。だって役人にとっては出世が命だからね。だからキャリアは絶対やらないでしょう、民間人保護を。全部ノンキャリアに任せてるでしょう。つまり出世にはあまり関係ない人たちに任せてるのよ。 金平 こちらのアメリカの人の一般的な考え方の例を挙げますと、人質になった邦人たちが解放された日の直後ですけども、ワシントンでパウエル国務長官にインタビューする機会があったんですよ。 米原 あなたがとったスクープじゃないですか。 金平 いやいや、これもいろんな背景があって、実はあのインタビューの設定自体が、国務省のひとつの戦略というか、いわば広報戦略の一環なんですよ。あの日、国務省に呼ばれた国というのが、ポーランドとイタリアとカナダと日本なんです。 米原 なんだ、有志連合じゃないですか。 金平 いやいや、有志連合と言っても、カナダはイラクに兵は出してないですけど。つまりこの四つの国というのは、いずれも民間人が誘拐にあってるんですよ。親米的な有志連合に名を連ねているなかで、国務省として何らかのメッセージを誘拐事件に関して発する必要を感じたんだと思うんですよ。 それで国務省に行ったところ、国営放送の人がいて、イタリアだとRAI、カナダだとCBCという放送局の人が来ていて、民間放送は僕だけだった。僕が「これこれ日本の事情で、人質は助かったけれど、いまバッシングが起きていて大変なんだ」っていう話をしたら、各国の放送局の人たちがびっくりして、「そんなことをやったら、その国の役人はすぐクビになるし、本当のことなのか?」って。冗談だと思って信じてくれないんですよ。 米原 いや、そうですよ。私も外国の友だちにどう説明しても、信じられないって顔されますよ。 金平 具体的な例を挙げると、カナダの場合は、人道支援の活動家が一人誘拐された時、マーティン首相がすぐにその家族に電話して、解放するまで政府は何でもやるから、できることは何でもやるからと。 米原 それだけでも、家族はこころが安定するんですよね。 金平 民間も官も合同して、どうやって助けるかっていうのに全力を尽くすんです。そういう話を聞かされると、同じ国なのに、なぜこんなに違うんだろうって。やっぱり僕らの国っていうのは、一時代前のような、江戸時代的な発想から抜け出ていないというんですかね。しかもそれに世間や民衆が呼応していくという図式ですね。 米原 日本には判官贔屓(ほうがんびいき)という風土がある反面、自己主張する弱者は許せないのよ。税金を使って行動する人たちにはやさしいけれど、自腹で、自分の意思を持って行動する人たち、つまり弱者が自己主張し出すと憎み出すのね。ただただ可哀想にしてれば、もう少しやさしかったのかもしれないけれども。 (つづく) Tweet |
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